事業譲渡・合併の労務手続が改正|企業価値担保権と従業員対応(2026/5/25施行)
【2026年5月25日適用】事業譲渡・合併の「事業譲渡等指針」改正ポイント
厚生労働省は、「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針(事業譲渡等指針)」を改正し、2026年5月25日から適用します。改正の背景には、事業性融資を後押しする新制度 「企業価値担保権」 の創設があり、同制度の運用開始に合わせて、事業譲渡時の労務コミュニケーション等を明確化した位置づけです。
本稿では、事業譲渡・合併を予定している会社が、従業員対応で押さえるべき実務ポイントを、チェックリスト形式で整理します。
1. 事業譲渡は「特定承継」:労働契約の承継には“個別の承諾”が原則
事業譲渡は、権利義務の承継が「包括」ではなく、個別同意を要する“特定承継”です。したがって、譲渡対象事業の従業員について労働契約を譲受会社へ移すには、承継予定労働者から個別の承諾を得る必要があります。
実務の要点:承諾を「実質的」なものにする
指針は、真意に基づく承諾を得るために、事前説明・協議を重視しています。説明項目には、取引の全体像だけでなく、譲受会社の概要、労働条件(業務内容・就業場所等を含む)などが含まれます。
また、譲渡に合わせて労働条件を変更して承継させる場合は、その変更についても同意が必要と整理されています。
2. 労働組合等との関係:協議と団体交渉は別物(拒否リスクに注意)
従業員との個別協議を行っていても、団体交渉事項に該当するテーマ(労働条件等)について、労働組合から適法な申入れがあれば、これを拒否できないとされています。
3. 企業価値担保権の実行局面:管財人・会社の“情報提供と協議”が明確化
今回の改正で、指針に 「企業価値担保権に関する事項」 が追加されました。
3-1. 管財人(裁判所選任)の位置づけと義務感
企業価値担保権の実行手続では、裁判所が管財人を選任し監督します。管財人は利害関係人(労働者を含む)に対し善管注意義務を負い、労働者保護の観点から不適切な買受人選定等があれば、解任請求や損害賠償の対象になり得る旨が示されています。
また、管財人は実行手続において、労働組合法上の「使用者」の地位を承継すると解され、権限に関する団体交渉の申入れには誠実交渉が求められる整理です。
3-2. “換価=事業譲渡”の原則と、雇用維持を踏まえた買受人選定
企業価値担保権の実行に伴う事業譲渡は、事業を解体せず、雇用を維持しつつ承継することが原則とされ、買受人選定も「価格だけ」でなく、雇用維持・取引関係維持など多様な事情を考慮して最適な承継先を選ぶべきとされています。
3-3. 会社側(平時)の推奨対応:経営課題の共有と意見交換
企業価値担保権を設定する場合、会社は状況に応じて、労働者と経営課題等について意見交換し、労働組合等への情報提供促進に取り組むことが望ましい、と整理されています。
4. 合併は「包括承継」:労働契約と労働条件は原則そのまま引き継がれる
合併は包括承継のため、消滅会社の労働契約は存続会社(または新設会社)へ包括的に承継され、労働条件も原則維持される、という基本整理が示されています。
5. 働く人への重要ポイント(誤解されやすい点)
リーフレットでは、次の点を明確にしています。
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企業価値担保権を設定しただけで、雇用主が変わったり労働条件が変わるわけではない。
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実行局面でも原則は「事業譲渡(雇用維持)」で、管財人からの情報提供や協議が想定される。
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賃金等の労働債権は、事業継続に不可欠な費用として優先弁済される考え方が示されている。
6. 実務チェックリスト(事業譲渡・合併/企業価値担保権対応)
事業譲渡(M&A)前後
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承継対象者の範囲整理(職種・部門・雇用形態)
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承継予定労働者への説明資料(譲受会社概要、業務・就業場所、労働条件)
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個別承諾取得の運用(説明→協議→承諾の証跡)
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労働条件変更を伴う場合の「別同意」設計
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労働組合からの団体交渉申入れ対応(拒否しない体制)
企業価値担保権を設定・活用する可能性がある場合(平時)
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経営課題・環境の共有、意見交換の場づくり
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情報提供のルール(誰に、いつ、何を)を社内規程・危機対応フローに落とす
実行局面(管財人選任が想定される場合)
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管財人・裁判所との窓口一本化、従業員説明の整合確保
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雇用維持を前提にした承継先選定方針(価格だけで決めない)
FAQ
Q1. いつから改正指針が適用されますか?
A. 2026年5月25日から適用されます。
Q2. 事業譲渡では従業員の同意が必須ですか?
A. 労働契約の承継は特定承継のため、原則として承継予定労働者ごとの「個別の承諾」が必要です。
Q3. 企業価値担保権を設定すると、労働条件は変わりますか?
A. 設定それ自体で雇用主変更や労働条件変更が生じるものではない、と整理されています。
Q4. 合併の場合も個別同意が必要ですか?
A. 合併は包括承継のため、労働契約は包括的に承継され、労働条件も原則維持されます。
